ハルシュタット、揺籃の羊水

夕暮れのハルシュタットを歩く

 とうとうハルシュタットへやってきた。
大学の時本で読んで以来、いつか必ず訪れようと心に決めていた場所だ。

 ハルシュタット。
その姿は夢見るように美しく、悠久の歴史が今も息づく小さな村だ。

村に到着した時間は大体18時。
ヨーロッパの夏はだいたい21時頃に日が暮れるので、ハルシュタットを見物がてら、夕飯を食べに行くつもりだ。

 小さな村なので、泊まるところはそんなにないかなと思って事前にEメールでペンションを予約済み。ホームページにあった地図を片手に歩くが、いかんせん小さな村なので、ほぼ一本道。
迷うわけもない。
ペンションの入り口で、「そろそろ着くと思っていたよ」と、感じのよいおじさまが迎えてくれた。
しっかりした英語を話すのでひと安心だ。
メールでしかやりとりしていなかったので、「男の人が来るかと思っていたよ」と笑っていた。

 ペンションは、事前に部屋を見られる場所、と思ってここにしたのだが、大正解だ!
部屋は広く、清潔、景色もよい。
村の中心、マルクト広場も徒歩1分足らず。
(とはいっても、小さな村なので、立地条件はそれほど関係ないかもしれない)
それになんといっても、ウイーンやザルツブルクとちがって宿泊費が安い。すばらしいことだ。

 私は2日間予約をいれていたのだが、
「2日目に2人連れの夫婦が来るので、別のホテルを手配しておいたのでそちらへ泊まって欲しい」
と言われた。
値段を聞くと、そちらの部屋の方が一人用で安いし、おじさまの親類がやっているというのも安心だ。
(ハルシュタットは小さな村なので、親類だらけなんだそうだ)
せまい村なので、一人でこんなに広い部屋を占領することもないなと思い、二つ返事でOKする。
 部屋は見ていないが、ここまでの経験上、オーストリアのホテルやペンションは概して安全で清潔だと分かってきたし。

二日目、朝10時半まで

 朝、6時に自然に目覚めた。
日が昇るハルシュタットは幽玄な美しさをたたえていた。

 とはいえ、朝6時におきてもすることがないので、本を読んだりうとうとしたりして1時間くらいを過ごす。
なんという贅沢な時間だ。

 朝食に出た紅茶は、大きなマグになみなみとつがれた。
でもなぜかとってもおいしい!
甘くするにはハチミツを使う。

 書き忘れていたが、オーストリアのホテルの朝食はビュッフェスタイル。日本のホテルほど凝ってはいないが、パン各種、コーンフレーク、ハム、チーズ、ベーコン、それにたくさんのフルーツやヨーグルト。

 約束通り私は今日別の部屋に移ることになっているので、朝食後ペンションのおじさまに連れて行ってもらう。
どうせ荷物は少ないし、楽なものだ。
 たどり着いた新しいホテルまでは徒歩20秒。
新しいホテルはマルクト広場に面していて、とても便利な場所だった。

 ペンションを出る時、おばさまとそのお孫さんが、岩塩のかけらをくれた。
命をはぐくむ、半透明の小さな岩塩。
これがあれば、健康、恋愛、旅の運、仕事などなどさまざまなものに力がみなぎるという。
ありがたやありがたや・・・・

 さて、村の北端にあるカトリック教会へ向かう。
ハルシュタットには有料のみどころは3つしかない。
ハルシュタット博物館、ハルシュタット塩坑、そしてこのカトリック教会内にあるバインハウスだ。
バインハウス入場料は1ユーロ。

 バインハウスの前は村の墓地になっている。
とてもこじんまりとした墓地だ。
 どれも手入れが行き届いており、美しい花が飾られ、ランタンに火がともっているものも少なくない。
この村の人々は、祖先をとても大切にしているようだ。

 バインハウスというのは、納骨堂のこと。
土地の少ないハルシュタットでは、亡くなった人をいったんお墓に埋葬し、何十年か経つと、それを掘り返して骨を納骨堂に収めるという習慣が生まれた。
そしてその墓を再利用するわけだ。

 バインハウスの中は、写真のようにしゃれこうべでいっぱいである。しゃれこうべには故人の生きていた年が刻まれている。
だいたいここにいる方々は1800年代後半から1900年代前半に亡くなった方のようだった。
 事前に聞いていたので、もっと恐ろしいかと思ったのだが、不思議とちっとも怖くはなかった。
なぜなら、それは死者への冒涜ではないのだから。

 ヨーロッパでは、教会の床下などに遺体を埋める習慣があり、それを「怖い」「なんだか気持ち悪い」という声も聞く。
実際私も、そこに死者がいると思うと薄ら寒いなぁと思ったものだった。
 けれど、故人が葬られているのは神の家であるし、毎日曜日、もしくはそれ以上の頻度で皆が参り、祈りをささげていく日常の中の場所でもある。
そう思うと、家から遠い墓に葬って、決められた日にお参りに行くよりもよっぽど故人も喜ぶだろうなぁ、と実感できた。

 ここを訪れる人間も、いつかはここに眠ると思ってくるのだろうか。
教会で生の喜びを祈り、また死を見つめる。
まるでエジプト人の宴のようだな、と私は思う。
 エジプト人は、宴が始まる前に、参加者に骸骨を見せて回ったという。生の真っ只中で、生の悦びを享受しつつ、死を思え、と。
メメントモリ。
それが物言わぬ彼らのメッセージだ。

 ダッハシュタインへ行くためのバスへ乗るつもりでいたので、バインハウスの見学の後、少し急いで村の反対側の端にあるハルシュタット・ラーンというバス停に向かう。
ダッハシュタインについては、次の項で語ることにしよう。

三日目朝。ハルシュタット塩坑へ

さて、ハルシュタットでの最後の日だ。
この日はハルシュタット見学のメインとなるハルシュタット塩坑へ行った後、電車でバート・イシュルまで行き、バート・イシュルから風光明媚で知られるザルツカンマーグートを通ってザルツブルクへ入る予定。

 ハルシュタット塩坑は村はずれのケーブルカーで登る。
ケーブルカーの始発は9:30なので、時間がだいぶある。
ぶらぶらとゼー通りを散歩しながら向かうことにする。

 塩坑へはケーブルカーで向かう。
歩いても登れるらしいが、軟弱者の私はもちろんケーブルカーを利用することにする。

ケーブルカー頂上駅から、歩いて15分ほどのところに塩坑入り口がある。
頂上駅を降りてすぐに看板があるが、ドイツ語。
道は2本あるので、読めない場合は、上に登る階段の方を選ぶと、塩坑にたどり着くことが出来る。
もう1本はどうやらハイキングコースの様子だ。

 塩坑への道の途中では、出土品などの展示物が見られる。
トコトコ歩いていると、ヤギの群れを発見。
どうやら野生のヤギのようだ。
無防備にも、群れ全員で昼寝中だった。
まぁのどかなところなのである。

 塩坑見学は、入り口で作業着を貸してくれるので、全員着用することになる。
私はもちろん子どもサイズ。
むこうの子どもはでかいのだ。

 塩坑内では塩坑の歴史や、採掘方法を見学する。
ツアー形式になっていて、大体1時間半くらいかかる。
英語でも説明してくれるので分かりやすい。
途中、凝った証明設備や動く人形などもあって、なかなかこの見学ツアーが潤っていることが伺える。

 今から100年ほど前に塩坑で発見された古代人の遺体は、キリスト教式に儀式を済まし、村の墓に葬られたという。
まったく知らない宗教で埋葬されるって、どんな気分なんだろう。

 塩坑内部へはところどころ滑り台を滑り降りて向かう。
これが結構おもしろい。
ちゃんと「ただいまの記録時速○○㎞」などとでるしくみ。
ちなみに、ジェットコースターよろしく、滑り降りているときの写真を帰りに買うことが出来る。
買わなかったけど。

 見学ツアーでミネソタから来たというご夫婦と仲良くなった。
彼らは1ヶ月がかりで、オーストリアとトルコに行くらしい。
「日本人は休みが少なくてかわいそうね」
と言っていた。
本当、そうだよなぁ、としみじみ思う。
その通りだ。

ハルシュタット、また会う日まで

ハルシュタット、また会う日まで

ハルシュタット、また会う日まで

 世界で一番美しい湖岸の町、ハルシュタットを後にする。
山間の村なので、雨が多いと聞いていたのだが、私がいた期間は朝方雨が降った程度で、すこぶる天気がよかった。
 こういうことがあると、この旅は正しかったのだな、と思う。
この旅で回る土地のなかで、一番見所の少ない場所に、一番時間を割いたのは正解だった。

ありがとう、ハルシュタット。
いつかきっと、また会いましょう。

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