ザルツブルク、塩と宗教と音楽と

音楽祭に酔いしれる街

バート・イシュルからのバスに乗って、ザルツブルクに到着!

ザルツブルクといえば、モーツァルトを生んだ音楽の都として、世界中にその名を知られる古都。
「楽聖を生んだ都」の名にふさわしく、ザルツブルクでは毎日のようにコンサートが行われている。

特に、7月下旬から8月いっぱいに行われる「ザルツブルク音楽祭」は、各国から超一流の音楽家が参加する世界有数の音楽フェスティバル。
フェスティバル中は町中で毎晩5~10ものコンサートが開かれ続ける。音楽ファンにはたまらない場所だろう。

ザルツブルクの美しさは、映画「サウンド・オブ・ミュージック」によって世界中に知られている。

ザルツブルク中央駅に到着したのは午後16時過ぎ。
まずは駅のインフォメーションで「ザルツブルク・カード」を手に入れる。(24時間有効で18ユーロ)
これがあれば、市内交通、市内の主要観光スポットがすべて無料になる。ホーエンザルツブルク城塞へのケーブルカーも1往復できる。とってもお得なので、ザルツブルクで観光する方にぜひおすすめする。

新市街のホテルにチェックインを済ませ、まずは音楽祭の中心地、旧市街まで歩いてみることにする。
あわよくば今夜のチケットを手に入れようという腹だ。

ザルツブルクで泊まる宿も、事前に色々問い合わせてみたのだが、音楽祭の真っ只中ということもあり、どこも満員。
結局JTBにお願いしてとってもらった。
こういうときは、個人よりも街そのものにコネのある大手旅行会社に頼るほうが賢い。
ただし、旧市街に宿を取りたかったのだが、新市街しか空室はなかった。
音楽祭おそるべし。
ちなみに、当然のことながら音楽祭の間はホテルはどこも最高値だ。

ところで、予約したホテルにいったら、「こっちにあなたの部屋は変わりましたよ」と地図を渡された。
おお~~い。
なんのための予約だ。
しかし、行ってみるとそこのほうが立地条件も部屋もよかったので、別に不満はなかった。
JTB通じててもこんなことってあるのね。
ちょっと面食らった。

それにしても、ザルツブルクというのは迷路のような街である。
地図を持っていても分かりづらい。
私は徒歩だったからまだよいものの、車でザルツブルクに入る人は大変だろう。なにせ、一方通行の連続なのだ。
市内を走るオーブス(トロリーバス)も、行きは駅までいくバスが、帰りは行かない・・・という始末。
ザルツブルクのバスを乗りこなすにはかなりの時間が必要になるだろう。

とはいえ、駅から新市街を通り、旧市街に出るには、徒歩30分程度。散歩しながら見物するには困らない。

モーツァルト広場のツーリスト・インフォメーションでも、音楽祭チケットを扱っている。
「今夜1人なんですけど、チケットありますか?」
と聞くと、いくつか提示された。
せっかくザルツブルクなのでモーツァルトを聞きたいと思たことと、お城でやるコンサートという趣旨にひかれ、ホーエンザルツブルク城塞でのチケットを手に入れた。29ユーロ(1~6列目までは36ユーロ)。

というわけで、あっけないほど簡単にコンサートチケットが手に入った。
もちろんこれは演奏家や演目にこだわらない人間の場合。
オペラや超有名演奏家のチケットを手に入れるには、予約が必須だ。

ザルツブルク音楽祭公式サイトでは、だいたい1年くらい前からプログラムが発表されて、ブッキング可能になる。
人気の演目はそれこそあっという間に完売になるので、音楽ファンはそちらを利用して欲しい。

というわけで、コンサート会場のホーエンザルツブルク城塞へ向かう。
結構フランクなコンサートなのだが、まぁ気持ちを盛り上げるためにホテルに帰って大急ぎでワンピースとサンダルに着替えた。

ホーエンザルツブルク城塞へは、旧市街から出ているケーブルカーで向かう。往復で6.35ユーロ。
普段は22時まででケーブルカーは終了なのだが、コンサートがある時はコンサート後も動いているということだ。

ホーエンザルツブルク城塞につくと、「コンサート会場はこちら」という矢印マークに導かれて会場へ。
ドイツ語オンリーだが、矢印が出ているので迷うことはない。

会場の前の廊下は待合所になっていて、飲み物やプログラムが買える。
プログラムは2ユーロ。
今日の演目は
モーツアルト、メンデルスゾーン、ブラームスなど。

プログラムや飲み物を配っているのは、音楽学校の学生さんが中心ということだ。
そういえば、時間が合えば会うつもりだったウィーンに留学中の友人が、「ザルツブルク音楽祭で手伝いをするから時間が取れない」と言っていた。
彼女もこういうお手伝いをしているのだろう。

不勉強なもので、演奏家たちを知らずにきたのだが、なかなかまとまっていてよかったと思う。
あれ?っという曲もあったけれど、アイネ・クライネ・ナハトムジークはポップな感じで楽しかった。
得手不得手が分かるというのもおもしろい。

コンサートが終わると、アンコールの拍手。
みんな床をドンドンドン!と足で踏み鳴らす。
「オイオイ、歴史的建物なのに・・・」と思いつつ、私も踏み鳴らす。
これがまた海賊の宴みたいでおもしろい。

アンコールを1曲演奏して、この日のコンサートは終了。

私が見たコンサートはそれほど格式の高いものではなかったが、もちろん祝祭劇場のオペラなど、格式の高いものは着飾った人々の社交場となる。

タキシードや肩を出したドレスの人など、華やかな雰囲気の人々が夜の街を歩いていると、お祭り気分はいやがおうでも高まってくる。

祝祭劇場を中心に、音楽祭が開かれている旧市街は夜おそくまでにぎわい続ける。
レジデンツ広場には、大きなスクリーンが用意され、オペラが中継されていて、1000人以上も集まっていた。
まるでサッカーワールドカップの時のようだ。
日本でオペラをスクリーンで上映しても、これほど集客力があるだろうか?

私もスクリーンを見ながら遅い夕食をとることにする。
屋台で買ったヴィーナーシュニッツェル・バーガー。
オーストリア人大好きなシュニッツェルとハンバーガーが組み合わさった夢の一品だ。
味は想像通りだったが、いかんせん食べづらい。
ユーザビリティに一考の余地があるだろう。

音楽祭のザルツブルクには実に色々な国の人々がいる。
民族衣装の方もたくさん見られる。
さまざまな言語が飛び交う広場のカフェ。
音楽にあわせて歌うおじさん。
路上で演奏する音楽家たち。
スクリーンのオペラに夢中の恋人。
夜のおでかけにはしゃぐ子どもたち。

オーブスで帰ろうと思っていたのだが、お祭りの雰囲気を味わいながらホテルまで歩いて帰った。

時刻は午後23時半。
音楽祭の街はまだまだ眠らない。

新市街の風景とミラベル宮殿

ザルツブルクの朝は、夜に比べてとてもゆったりしている。
日曜日のせいかもしれない。
雨の多い街として知られるザルツブルクだが、とてもいい天気だ。

いつも通りザルツブルク中央駅に荷物を預け、市街へ繰り出す。

新市街にあるホテルを出て、ミラベル庭園へ。
ここは「サウンド・オブ・ミュージック」のドレミの歌の場面でフィナーレを飾った場所。

ミラベル宮殿と庭園は、もともとは大司教ヴォルフ・ディートリッヒが愛人とその子どもたちのために1606年に造営した。
今では市長公邸となっており、大広間ではコンサートや結婚式が行われるということだ。

ミラベル庭園はとてもよく整えられた公園。
市民の憩いの場となっている。
日曜の朝なので、散歩する人もちらほら。

庭園内のバロック美術館を鑑賞していると、外からブラスバンドの音が聞こえた。
行ってみると、庭園内で小さなコンサートが行われていた。

どうやら、市民のグループが結成している楽団らしい。
団員の息子と思われる男の子がプログラムを配っている。
小さな女の子が見物していたら、席を空けてプログラムを見せ、「今はこの曲だよ」と教えていた。
小さいけれどちゃんと紳士なのだ。

ミラベル庭園を抜けると、旧市街はもうすぐそこ。
旧市街へわたる橋の手前には、タンツマイスターハウスがある。

ここはモーツァルト一家が1773~1787年まで住んでいたという。戦災を受けて大部分が破損してしまったため、近年になって再建された。見学はガイドフォン(日本語もある)で行う。

ザルツァッハ川沿いのカフェ・バザールでお茶を飲む。
オープン・カフェはいっぱいだったので、室内の席になってしまった。

ここで食べたシフォンケーキは甘さ控えめでおいしかった。
コーヒー・メランジェもおいしい。
いくつかケーキを食べたが、オーストリアのケーキはクリームやチョコレートを使ったものよりも、シフォンケーキのようなシンプルなもののほうが日本人の口に合うようだ。

オーストリアの街はせまい。
ウィーンもそうだったが、新市街から旧市街までは、十分歩ける距離だ。

ザルツブルクの旧市街は、ウイーン旧市街と共に、世界遺産に指定されている古都。
旧市街の川沿いから1本入った道をゲトライデガッセという。
ここは土産物やバリー、ヴィトンなどの高級店も集ったメイン商店街。
観光客がごったがえしている。

ゲトライデガッセ沿いのモーツァルトの生家を見た後、大聖堂へ。

大聖堂は、774年、聖ヴィルギルが創建した。
先に述べたように、ザルツブルクは領主ではなく、大司教が1000年にわたって治めた街だった。
その司教座がおかれていたのがここだ。

歴代大司教たちが住んだのが、レジデンツと呼ばれる宮殿。
ここは大司教の栄光を象徴するように、約180の豪華な部屋からなる。
ホーエンザルツブルク城塞は、あくまで戦闘時に大司教が住んだり、市民たちを守った場所。
普段は大司教たちはレジデンツに住んでいた。

レジデンツ内で行われるコンサートもあるので、権力者気分で音楽を聴きたい人はチェックするのもおもしろい。

レジデンツの3階にある美術館、レジデンツ・ギャラリーでは、ルーベンスやレンブラントの作品が見られる。
作りも立派な美術館だ。

ちなみに、日曜だったこともあり、レジデンツ・ギャラリーは午後からだった。普段は午前中からやっているとのこと。

ホーエンザルツブルク城塞へ向かう途中で、ザンクト・ペーター寺院に立ち寄る。
ここは聖ルペルトが696年に開いた僧院。
墓地には初期キリスト教徒のカタコンベがメンヒスベルクの岩壁をくりぬかれて作られている。

それにしても、お墓に観光客がたくさんいるというのは結構不思議な光景だ。

大司教の城・ホーエンザルツブルク城塞

ザルツブルクは、オーストリアの中でも最も早くローマ文化とキリスト教の洗礼を受けた街だ。
「塩の城」の名の通り、特産物である岩塩の取引で栄えたこの街は、「北のローマ」と称された。

ザルツブルクのシンボル、ホーエンザルツブルク城塞は、ドイツ皇帝とローマ法王の叙任権闘争のさなか1077年に大司教ゲープハルトによって建築が開始された。
その後何度も改築され、今の形になったのは17世紀になってから。
現存する城塞の中で、最もよく保存されている中世の城塞だという。

内部には、大砲用の穴や武器庫なども残っている。
昨日コンサートが開かれていたホールももちろん見学できる。
銃弾が掠めた柱などもあり、ここが戦闘地だったことを証明している。
日本の領主たちは、領民を支配するかわりに、領民の安全を保障せねばならなかった。
領主と領民の関係はどの国でも同様。
聖職者とて、もちろん例外ではない。
大司教たちもまた、領民たちを守るために城を強化していったのだ。
ここは皇帝フランツ・ヨーゼフ帝によって一般公開された。

ケーブルカーを降りてから急な階段を上るのだが、そこで関西から来たと思われる親子がいて、父親が「のぼれへんがな~」と言っていた。
うーん、ザルツブルクの城塞で聞く大阪弁。シュールだ。

見学途中で「拷問部屋」というのを見た。
うう、ここでアンナコトヤコンナコトガ・・・・と思っていたら、ガイドフォンによるとここは別に拷問に使われていた部屋ではないという。
・・・・・・だったら、拷問器具おくなよ・・・・。
実際にホーエンザルツブルク城塞で拷問が行われたことはなく、捕虜が軟禁された程度だったということだ。

城塞にある時刻を知らせるホルンは、「ザルツブルクの雄牛」と言われ、人々に時刻を知らせていたという。
モーツァルトの父、レオポルトもこのホルンのために楽曲を提供したとか。

それにしても、城塞からみるザルツブルク市内は絶景。
天気に恵まれたこともあったが、古い家々と教会が織り成す景色は本当に美しかった。
こういう時、一人旅というのはちょっとさびしいものだ。
だれかにすぐ感動を伝えたい気持ちになる。
だが、ここでは携帯電話も通じない。
私はここに1人なのだ。
それを望んでここにきたのだけれど。

いつかまた、オーストリア

城塞から降りてきて、カフェで一息つく。

出てきたイチゴのムースケーキは横に倒れていた。
こういうことはこの旅で何度かあった。
ケーキをたてに保つのは、オーストリアのトレンドではないのだ。
アイスティーは何も入れなくても甘い。
まぁ、私は甘いのが平気なのでよし。

そろそろミュンヘンへ向かう時間かな、と時計を見る。
その前にお土産を買わねば・・・
あの人にはこれを、こっちの人にはあれを・・・と考えていると、ああ日本に帰る時が近づいているのだなと実感する。

私は戻るのだ。
あのコンクリートとアスファルトと、正確な時間と、あたたかい家族と友人と、恋人のいる場所に。
それが私の場所なのだから。
望むと望まないとにかかわらず。

お土産をゲトライデガッセで買って、ザルツブルク中央駅へ向かう。
なんだか名残惜しくて、駅までの道をオーブスではなく、自分の足で歩いた。
1人の足でしか見られないものを、もっとしっかり見ておきたかったのだと思う。
もしかしたら、1人でここにくることは、ないかもしれないのだから。

いろいろなことを教えてくれたオーストリアを後にするのは、なんだか大切な友達と別れるときのようにさびしかった。
いろいろなものを見せてくれたし、いろいろな人に逢わせて貰った。

もちろん、ここに来たのは私の意志だ。
けれど、ここで経験したすべてのものは、空気とか場所とか、そういっためぐりあわせが出会わせてくれたものだ。
私は特定の神様は信じていない。
けれど、そういう「自然のタイミング」のような力は信じている。
だって、すべて起こることに特定できる原因があって結果がある世の中なんて、何が楽しい?

ザルツブルク中央駅からミュンヘン行きの電車に乗る。
ここからミュンヘンまではわずか1時間半。
国境を越えるだけあって、国内の移動よりは切符はやや割高だ。
風景が流れる、ザルツブルクが遠くなっていく。

オーストリアとドイツは、言語も構成する民族もほとんど一緒だ。だが、風景を見ていると、明らかに国が違うことが分かる。
やはりオーストリアのほうがやや牧歌的、おだやかなのだ。

オーストリア。
とても安全で、陽気で、やさしくて、穏やかで、あたたかい国。

ミュンヘンが近づいてくる。

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